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2013年8月18日日曜日

受け入れる。そして、なおあきらめない 「いつの日か」

私の番組でも On Air させていただきました。
この曲を自分の葬儀にかけてほしい、と言ったとある自衛官の話を聞いたことがあります。

人間でなくなってしまった悲しみを背負い、人々がら蔑まれながらも、


なお諸悪の根源なる武器商人ブラックゴーストとの戦いに身を投じてゆく。


国境を超えて9人のサイボーグが平和を夢見て戦う。


SFではありますが、現実とリンクする設定は巨匠 石の森章太郎氏ならでは。


1964年に生まれたこの作品。
オリンピック景気に湧いたあの時代。



何度もアニメ化されています。
私は世代的に日本サンライズ版を見ていました。



石ノ森さんご本人が作詞し、
作曲は平尾昌晃さん、
編曲はすぎやまこういちさん

という夢の顔ぶれ。



こおろぎ'73 のエンディングテーマはアニソン至上に残る屈指の名曲となりました。




今、日本はあきらかに架橋に立たされています。


このビデオの作者に謝意を送りたい。
この曲は私のレパートリーでもある。
復興への思いはまったく同じ気持ちだからだ。






2013年8月3日土曜日

music labo O・H・Sファクトリー 再始動

私の仕事ですが、

時に「映像作家」、
時に「音響」、

または
時に「webデザイナー」など紹介されることが多くなってきました。


実は以前から「BGMデザイナー」という肩書きでも活動していたのですが、

この度、「アーティストサポート」と一体化させて再始動することになりました。


いよいよという感じです。

音楽を通じてこの世の中に貢献したいという思いでやってきました。


病気で辛い時期を支えてくれた家族と仲間に感謝し、
これからは自分のライフワークとなっている


「音楽」=「音薬」を追求していきます。


ホームページも現在、大幅にリニューアル中です。


これからもどうぞよろしくお願い致します。



music labo O・H・Sファクトリー

2012年11月9日金曜日

「ハングリー・ハート」ブルース・スプリングスティーン 〜誰も一人になんかなりたくはない〜

皆さん、こんにちは。


世の中には、生まれながら名曲として宿命づけられている楽曲があると思います。


人、それぞれ好みはありますし、
ジャンルも国も違いますが、
例えばベン・E・キングの「スタンド・バイ・ミー」や
日本では長渕剛さんの「乾杯」などは、リリースされる前からこの曲は名曲と呼ばれるだろうと直感があったのではないかと思います。


そして、そういった楽曲の多くはシンプルな楽曲構成であったりするものです。



「ダニー・ボーイ」が国境を越え世界中の人々から愛されるのも分かる気がします。





1980年のブルース・スプリングスティーンの「ハングリー・ハート」は




まさにそんな楽曲ではないかと思います。


かのスプリングスティーンが特徴的な嗄れた声ではなくハイトーンのテナーボイスで歌い上げているのは、レコーディング時の加工によるものだと知ったのは最近のことです。
この曲はバックのEストリートバンドの的確なノスタルジックな演奏と
「ハッピー・トゥゲザー」のヒットで知られるタートルズのメンバーの二人、フロー&エディーのコーラスという鉄壁のアレンジもあって大ヒットをしたのです。

1980年、ジョン・レノンは亡くなる前にこの曲を絶賛したと言われています。

あえて書きませんが、この曲にインスパイアされたアーティストも沢山います。


この曲の誕生秘話が面白いのです。
パンクバンド ラモーンズのジョーイ・ラモーンに提供する予定だったのものを、プロデューサーのジョン・ランドゥのアドバイスにより自身用の楽曲として残したのです。ラモーンズ用の楽曲なので基本4コードのシンプルな進行です。

スプリングスティーンは、圧倒的なライブパフォーマーであり、若者が抱えている社会への怒りや悲しみを表現できる詩人でもありました。
そして、パンクミュージシャンにも支持された希有な存在になったのです。
事実、彼の「ビコーズ・ザ・ナイト」はかのパンクの女王パティ・スミスによって大ヒットしました。


またスプリングスティーンは収録アルバム「ザ・リバー」にはこの曲をボツ扱いで落とすつもりだったのですが、メンバーのすすめで収録、シングルカットしトっプテンヒットとなったという逸話は天才ミュージシャンらしいエピソードです。


まさに幾つかの事件を通り抜けてこの曲は我々の手元にあるのです。





この曲、やはり「詩」がいいのです。

決して明るい内容でないのに心を打つのは、
この曲が誰もが抱えている心の機微を映しているからではないしょうか。


どんなに気ままに生きているように見えても、
人は心に何か満たされないものを抱えて生きているものです。



どんなにお金を貯めて自分の役を演じてみても、
誰もが満たされぬ心を持っている。



そして、
休息の地を、
自分の家庭を、
自分は一人ではないんだという確信を

皆、持ちたいのです。




この歌もまた「求道者」のための歌なのです。





2012年9月6日木曜日

Tuun ! Tuun ! Tuun ! 〜平和な時代が来ることを祈って〜

「物ごとのすべてには 
 時機というものがある 
 この世ではすべての目的に時(とき)がある」 

旧約聖書「伝道の書」の第3章の言葉です。 

この言葉をアメリカのピート・シーガーが歌にしたのはビートルズがデビューするずっと前でした。


「 Turn, Turn, Turn」はゴスペルではなくフォークソングとしてこの世に出たのです。 

The Byrds によって有名な曲となりました。 



「産まれるときがあり、死ぬときがある 
 植えるときがあり、刈り取るときがある」 





そして、最後に彼は聖書の言葉ではなく、自分の言葉で締めるのです。 



A time for peace,  I swear it's not too late!     

平和の時、まだ手遅れなことではない
 ぼくは神かけて誓う!




2012年7月6日金曜日

「Stop in the name of Love」ホリーズ 〜愛の名の下に止めよ〜



この曲は以前にStop in the name of Love」というタイトルで紹介しました。





だから今回は話題がかぶらないようにこの曲のプロモーションビデオで何が問われているのかをあらためて考えたいと思います。



喧嘩してしまった恋人への言葉から生まれたこの曲のタイトル。

希代のヒットメーカー、

ホーランド=ドジャー=ホーランド


によってスプリームスがこの曲を大ヒットさせて50年近くが経とうとしてますが、

このブログで紹介するのはこの原曲を歌っていたスプリームスと同時代から活動しメンバーチェンジがあっても現在も現役のイギリスのホリーズのバージョンです。


1983年にヒットしたこのバージョンはまさにホリーズらしいコーラスワークで原曲の良さを継承しつつ、曲の雰囲気も意味合いも変えたメッセージソングに仕上がっています。



冷戦下の世相をよく反映しつつ、
ポップとフォークの両方の流れを消化した名曲だと思います。





アルバムは友人から借りてよく聞いたものです。


何故今またこの曲を取り上げたのかというと



このホリーズのバージョンが持っているメッセージが

現在の日本が置かれている状況と噛み合っているからなのです。




ホリーズバージョンは歌詞がほとんど原曲と同じですが、
ハッキリと「反核」を謳っています。




あれほどの多くの方がデモに参加しても原発の再稼働は止められませんでした。


私の住む街でも今日の夜、道庁前でデモが行われます。







あの地震からの教訓は何だったのか?

たとえ困難でも原発のない社会を願って集まる人々の思いは何処へいくのか?

再稼働ー本当にこれは正しい選択ですか? これしか方法はないのでしょうか?





このビデオの爆撃機のパイロットのように良心の呵責に悩みながら決めた苦渋の選択だったのでしょうか?

アメリカでは「原爆投下がなければ戦争は長引き、結果として多くの命を救った」と今でも教えれているのでしょう。

そう思い込まなくてはやっていけないでしょう。

でも、原爆の投下で誰が感謝しているでしょう?

考えてみれば分かると思います。



私は専門家ではありませんし、
原爆と原発を一緒にするなと怒られるかもしれませんが、あまりに民意を反映しないこの時勢。






原発の信用性は今、どれだけありますか?






それでも「安全」というならばまず代表たる方々がその施設内に居を構えるべきでしょう。







事情が色々とあるのでしょう。

でも「人」が安心しての住める国にしたいと思いませんか?





再稼働を要求するデモはありましたか?



















2012年6月26日火曜日

「We Are The People」 ジョン・メレンキャンプ 〜大衆達の声は届くのか〜




皆さん、こんにちは。




前回はこれから「東北」のためのイベントを自分なりに企画中だとご報告しました。



以前やっていたチャリティーはある国の支援だったのですが、



半年以上の間、毎月開催し出演者も3〜6組、オーディエンスも2、3人から多い時で50名ほどが参加してくれました。


日本人以外でもバングラデシュの方がバングラデシュの伝統歌を披露してくださったりと中々面白いコンサートだったと自負しています。


あの頃はなんの告知もなく私もコンピュータを持っていなかったので、

ただただ口コミだけでやっていたのです。




今、同じ日本人として最優先させなければならないのは東北への支援だというのは誰もが分かることでしょう。イコール原発問題でもあります。




数日前に「NO NUKES コンサート」についてご紹介しました。

そして、日本ではほとんど話題にならないのですが、アメリカで1985年から始まったファームエイドを皆さんはご存知でしょうか。



経済的に困窮しているアメリカの小規模または個人経営の農家を救済する目的で、中心となったメンバーはウィリー・ネルソンジョン・メレンキャンプニール・ヤング



皆、私の好きなアーティスト。



ジョン・メレンキャンプはジョン・クーガー、またはジョン・クーガー・メレンキャンプとして知られたシンガーで
初めて「ベストヒットUSA」で「Crumblin' Down」のビデオを見た時に私と兄は「ロック版のマイケル・ジャクソンだ」と言ったほどかっこ良かったのです。

この曲は特に秀逸な曲でビデオも傑作です。
今見てもロック少年の心を引きつけるものがあります。
後半の女性コーラスとのとけ合わなさにロックを感じます。

もともとグラムロックを演奏していた時期があったせいか、シンプルなロックンロールの中にマイケル・ジャクソンとロッド・スチュワートのスタイリッシュさとミック・ジャガーを彷彿させる野方図さを併せ持ったシンガーでソングライターとしても優れた才能を持っています。


バンドの演奏もアメリカ本土の匂いが濃い良い意味での洗練さを欠いたギターの掛け合いが絶妙で
特にアコースティックギターの使い方にはセンスを感じます。
ギタリストの友人は「アコギの使い方、巧いなぁ」とよく言っていました。




ジョン・クーガーはその後、さらに原点に戻るかのように演奏スタイルを簡素化していきました。

名前も本名のジョン・メレンキャンプに戻していくわけですが、
エレキギターよりもトラッドな楽器を全面に打ち出した独特のロックになっていきます。トラッドの楽器を重層的に使ったカントリーロックの編成でアメリカンロックのスピリットを持ったフォーキーなシンガーと思いきやバックボーカルなどに黒人を起用していたこともありアコースティック・ソウルな一面も持っています。


いわゆる田舎っぽい音楽スタイルで売れ線からはほど遠い音楽性ですがメレンキャンプにはこの表現がとても合っています。



それはファーム・エイドでの活動からも分かると思います。


1985年は有名な「USAフォー・アフリカ(USA for Africa, United Support of Artists for Africa)」の「ウィ・アー・ザ・ワールド(We Are The World)」の年でもあったのですが、


自国の農民達のために彼らが始めたこの活動は今でも続いています。



この活動がずっと行われてきたことに感服致します。


美辞麗句ばかりではないと思いますが、私も今、自国で起こっていることに真摯に向き合わなければと思います。



何故なら、

今、困窮している人達、


それは明日の自分達なのですから。


そう、私達は民衆なのです。



そして、これはそういう歌なのです。
歌詞を知ってほしくて敢えて歌詞付きのビデオを掲載します。


発売当時この曲の歌詞をワープロで打ちいつも持っていたのを思い出します。



John Cougar Mellencamp - We Are The People




2012年6月23日土曜日

「ノー・ニュークス」ジャクソン・ブラウン 〜私達のすべきこと〜



皆さん、こんにちは。










突然、こんなタイトルで驚かれた方もいると思います。










このブログを書いている2012年6月22日(金)の夜、

首相官邸前と大阪・関電本店前で原発再稼働反対の大規模抗議が行われています。

そして、報道関係は管制がなされているかの如く全く取り上げていません。










このブログは音楽を通して何かしかのメッセージを自分なりに発信していくことが目的の一つでもありますが、ここ札幌でも何かできることはと思い仕事の合間にキーボードを打っています。










この時代に生きる一人の人間として、日本人として今、すべきことは何か?







そう考えた時、私の心に去来する想いがあります。







それは次の世代が安心して暮らせる社会を、日本を創ろうということに気づきます。







これは別に大それたことをしようということではありません。













私達には責任があります。




私は病気が酷い時でもこの想いを持ち続けてきました。

いずれ日本は大変な時代になるだろうという直感がありました。
















何故にこんなことを宣っているのかと思われるかもしれませんが、




私がまだ学生時代だったもう20年ほど前にこんなことがありました。










当時、経済的に絶頂期だった日本ですが、当時はまだ経済的な発展をしていなかったアジア諸国の話をアルバイト先の友人と何気に話そうとした時に、













「もっと明るい話題はないの?」










と言われて絶句したことがありました。













私は別に難しい話をしようとしたわけではありません。

大学生レベルの普通の教養の話題だと思っていたのですが、彼には全く興味がなかったらしく当たり障りのないゴシップ的な話題に切り替えました。










当時、台頭してきたアジア諸国の話題を通して、

これから自分達が社会に出てどんな時代が来るのだろうというとても若者的な話題だったのですが・・・。










実はこんなことは一例の一つに過ぎません。
実はほとんどの方があまりにも社会的な話題に興味がなく驚きました。
原発の話もそうです。


























繰り返しますが私達には「次世代に、より良い社会を残す」責任があると思います。

何故ならそれは「今」を生きている私達しかできないからです。













今、
この日本はさきほど「お固い話は遠慮します」と言っていた方達でもおかしいとはっきり分かるぐらいに混迷しています。
















そして、このような時代になると予想できていたのは私だけではないと思います。










誰かがやってくれるのを待つ時代ではありません。













宿題を夏休みの最終日にやろうと焦っていた劣等生の私でもこのようなことを発信しなくてはならない御時勢になりました。
















皆さんも何か思うことがあるならアクションを起こしてみてください。










遅くはありません。








10月6日に大きなイベントがありOHSも関わっています。

http://artist.muse.bindsite.jp/hokkaidoclub/




このイベントで北海道の方達の想いを具現化していけたらと思います。






下は「1970年代で最も完成された作詞家」とも称されるジャクソン・ブラウンが企画した1979年にスリーマイル島原子力発電所で起きた放射能漏れ事故に抗議するイベント「ノー・ニュークス」のコンサートから。

以前に同じコンサートからのビデオを掲載しましたが、こちらは歌以外の部分がアップされていました。日本語の字幕付きのものです。

これは映画にもなっています。私はレコードとVHSで所有しています。

政治色が強くなりセールス的には落ちていくなかでその姿勢を崩そうとしなかったジャクソンが好きです。































2012年5月14日月曜日

ドナルド・ダック・ダン、ありがとう!

スタックス・レコードの専属のベースプレイヤーとして1960年代から数多くの名演を残したドナルド・ダック・ダンが急遽されました。
しかも日本公演の直後に東京都のホテルで息を引き取ったということです。



尊敬しているアーティストの訃報が多過ぎます。


御歳の方々ばかりとはいえども・・・・。


ご冥福を祈るとともに、まさに感謝では言い尽くせない感慨の念で一杯です。



ともすれば殺伐とした争いの絶えないこの世界で光明ともいえる音楽を沢山残してくれた。




音楽で命を救われてきた自分にとっては彼らが生み出したものはまさに聞くことのできる光だった。




1992年のボブ・ディランの30周年記念コンサートでブッカー・T&ザ・MG'sとして演奏している姿をテレビで見ました。
直ぐにビデオを買いにレコードショップに行ったの覚えています。

あのコンサートではディランの希望でほぼ全曲でホストバンドとしての大役を果たしていました。
出演していたニール・ヤングはトリのディランの演奏終了後にディラン本人からガッチリと握手をしていたのが印象的です。
そして、ニールはその後このバンドと活動するようになります。




追悼曲。



1994年の「I Still Haven't Found What I'm Looking For」を聞いています。
U2のあまりにも有名な曲のカバー。



かつて私のラジオ番組のテーマ曲でした。




そして、私も探し続けています。





2012年3月15日木曜日

一人のリスナーとして Part 4







上の画像は HDtracks というハイレゾリューションー高音質音源ファイルを販売しているアメリカのサイトのトップページに掲載されているものです。






一般的な圧縮ファイルのmp3 128kbps とCD,そして、このサイトで取り扱っているファイルのデータ量を図式化したものですが、皆さんどうでしょう。










自分は圧縮ファイルでいいよ、という方はそれでいいでしょう。
iPod やPCで再生して、数千円のヘッドフォン、スピーカーで聞く。


手軽に音楽と接することができるようになったことは素晴らしいです。
















私はAAC 192kbps でCDをリッピングして聞いていました。


お陰さまで私のハードディスクには4万曲近くの音楽ファイルがあります。




そして、JBLの Duet からタイムドメインのスピーカーに買い替えました。










勿論、小型のスピーカーによるダイナミックさのなさには気づいてはいましたが、
私に視聴環境をあらためて考えさせてくれたのは iTunes で音楽ファイルを購入したことです。










あるアーティストのアルバムを購入し友人と聞いていたのですが、明らかに音質が良くなかったのです。




曲にもよるのですが音の密度がある楽曲では明らかに音が潰れて聞こえました。








はっきり言いますがこれでは商品とは呼べないと思います。






そして、所詮、圧縮ファイルにそこまで期待してはいけなかったのだ、
と気づいたのです。










そんな時にある記事を拝見しました。


「ニール・ヤングはなぜMP3を嫌うか」




そこには、


「スティーブ・ジョブズはデジタルの世界ではパイオニアだったが、家ではレコードを聴いていたという」──ニール・ヤング 






という文章がありました。










iTunes で音楽のリスニング環境をデジタル化させた本人はレコードで音楽を楽しんでいたということです。








そして、こんなことはオーディオファンの間では常識ですでに、
さきほどご紹介した HDtracks のような高音質音楽ファイルが入手できる時代になっていたのです。










再生環境も整いつつあると思います。






私は Jackson Browne の「Running On Empty」を購入し聞きましたが 192kHz/24bit FLACファイルの音質はPCからの再生とはいえ素晴らしいのでした。






Apple も Apple Lossless(ALAC)をオープンソース化しました。
ALAC とはFLACと同じく 可逆圧縮方式ーつまり音質劣化のないファイルです。










このような高音質な音楽ファイルがどれだけ需要があるかは分かりません
ファイルサイズも大きく、圧縮ファイルよりももちろん高価です。


今後は本当に聞き込みたいアルバムは可能ならばハイレゾ音源で聞くことにしました。












映像は若かりしジャクソン・ブラウン。


スリーマイル島原子力発電所で起きた放射能漏れ事故に抗議するイベント「ノー・ニュークス」でのライブだと思います。




バックコーラスには「汚れた英雄」や「幻魔大戦」のローズマリー・バトラーの姿もあります。