WELLCOME !!

Good Music,Good Story,Good Life !!

札幌の歌うたい、ラジオDJ、猫の手室メンバー、重鬱生還メッセージを発信する大前光弘のブログです。



コンサートサポート O・H・Sファクトリー の代表として、イベントのバッキングサポートもしています。



今日が苦しい病の中でも明日に希望を持とう。
明日は好転するかもしれない。明日が駄目なら明後日がある。私はアトピーも神経の病も鬱も克服するのに30年以上の歳月をかけました。完治はしてません。ただどんな状況・状態でも生きる術を身につけました。

メインパーソナリティーをつとめる心の音楽番組
 世代を越えた幅広いジャンル、年代の楽曲を On Air
もっとも多くかかるジャンルはハートランドロック。
毎週金曜日 朝9時〜11時 札幌市厚別区のコミュニティFM Radio T×T FM ドラマシティー 77.6MHz

⭐️FMラジオでの視聴
77.6Mhz(札幌市厚別区新札幌駅10km圏内)

⭐️ネットでの御視聴
サイマルラジオ
以下のアドレスで自動視聴
http://live.776.fm/radiotxt.html

または
リッスンラジオ http://listenradio.jp/
北海道のラジオ曲からRadio T×T FMドラマシティー を選択

⭐️リクエスト&メッセージ
asa@776.fm 件名は「金曜日」


10:00
今日の特集

9:45
天気予報

9:50

10:00
特集後半

2010年12月15日水曜日

Amazing Grace 8月23日は 奴隷貿易とその廃止を記念する国際デー


奴隷貿易とその廃止を記念する国際デー」とは


ユネスコが制定した国際デー1791822日の夜からこの日にかけて 、フランス植民地のサン=ドマング(現在のハイチ)で、大西洋奴隷貿易廃止の重要なきっかけとなったハイチ革命が始まったことを記念。


ということです。



そして、この曲を思い出します。




「Amazing Grace」













世界で最も有名な曲の一つです。











故に数多くのバージョンがあります。



皆それぞれの心の「アメイジング・グレイス」があると思う。





日本ではドラマで使われたニュージーランドのヘイリーの歌唱でこの曲の魅力をあらためて知った方もいるでしょう。





素朴なジュディ・コリンズアカペラバージョンも素敵だ。




レーナ・マリアも素晴らしい。






そして、僕にとってこの曲の良さ、惹いてはゴズペルの素晴らしさを教えてくれたシンガーが


マヘリア・ジャクソンと


エルヴィス・プレスリーだった。



残念ながら生演奏を聞くことは既にできないのは皆さんもご承知だろう。









エルヴィスは「ロックン・ロール」「リズム&ブルース」の殿堂入りを果たした歌手だが、もう一つ殿堂入りしているジャンルがある。



それが他ならない「ゴスペル・ミュージック」なのだった。


この3部門で殿堂入りしているのは僕の記憶が間違ってなければ歴史上エルヴィス・プレスリーただ一人のはずである。






また3度グラミー賞を受賞しているが、3度ともロック部門ではなくゴスペル部門においての受賞であり、エルヴィスは終生この事を誇りにしていたという。






3枚組のゴスペル・アルバムを持っているがこれは愛聴盤の一つとなっている。






エルヴィスの「アメイジング・グレイス」は僕にとって青天の霹靂だった。






聞き慣れている方は普通に聞いているかもしれませんが、





この曲をこういうスタイルで表現できるのは彼だけだろう。
真似は沢山いるけどね。
それと人によって好みはあるので押し付けませんが・・・・。




エルヴィスのゴスペルはポピュラー歌手が歌うなんちゃってゴスペルなどではないのだ。






それは生まれついてからずっと親しんできたルーツであり骨髄にまで浸透した本物の「魂の叫び」足り得ているのだ。



ファンにとっては当たり前の話だが、

歌が巧過ぎるぐらいにうまい。
声・歌唱・表現法どれも当たり前のように完璧なのだ。









エルヴィスがスターになる前、地元のゴスペルグループの追っかけをやっていたことをご存知だろうか。

















2013年 8/21 加筆訂正

2010年12月7日火曜日

森直子さんのこと 〜北海道の花に夢を! 可能性に挑む花作家 ~









今日は音楽の話題ではありませんが・・・・








北海道の花作家、森直子さんをご存知ですか? 







「華道」を超えて「花作家」として「花育」の第一人者としてご活躍されています。 


今春には写真集も出されてこれが素晴らしい作品集でした。 

「地球交響曲」の龍村仁監督が帯にコメントを書かれています。 






 

もともとSTVで放映されたものです。 



切り花を超えた自然と一体化した「花」の作品。 



ナチュラルな人柄とは対照的に繊細な中にもダイナミックな作品を想像されています。 







2010年12月3日金曜日

Bow! 〜尾崎豊、燃え尽きぬ〜




全曲の歌詞を暗記してしまうほど聞いていたアーティストなんて、そういるものではないだろう。
今ではかなり忘れてしまったけど尾崎豊は特別だった。




10年以上前の話。



友人の妹さんが尾崎豊さんのファンになったと聞いた。



すでに彼が他界してかなり年月が過ぎている。





その理由が面白かったのです。




その頃、彼女はとあるビジュアル系ロックバンドの原点とも呼ばれているバンドのファンだったのだが尾崎さんを知ってからはファンを乗り換えたのだ。



彼女曰く、「だってノーメイクであれだけかっこいいんだよ」






素のかっこ良さが光るアーティストだった。






後には彼の雰囲気を意識したかのような芸能人が増えた。





そういえば、いつか地下鉄に乗っていた時、雑誌の釣り広告にこう書かれていたのを思い出しました。

「日本のメッセージロックは岡林に始まり尾崎で終わった」

何の雑誌のどんなライターが書いた記事だったのか、結局その雑誌の記事を目にしたことはなかった。

けど全くもって同感だった。



彼に影響を受けたソングライターは沢山出た。これからも出てくるだろう。
けど、誰も彼を超え得ることはできていない。





知らず知らずのうちに僕の歌唱法などに大きな影響を与えていた。
声質など全く違うのだが彷彿させるとよく言われた。
でも彼のようには歌えたことはない。






高校に入学したばかりの頃、






クラスメイトになった友人が何気なく貸してくれたカセットテープに尾崎豊さんの「回帰線」が入っていたのだった。





音質はあまり良くなかった。



どうして興味をもったのか。





日本人にはほとんど関心を持ってなかった洋楽少年の僕は何故かそのアルバムではなく、前作にあたるデビューアルバム「十七歳の地図」を買っていた。




尾崎さんの「声」に惹かれたのだ。


理屈ではなくこの人の歌なら聞けると思った。




後に「太陽の破片」で生涯で唯一のテレビに生出演した時に、かの森進一氏にその声の良さを絶賛されたエピソードもうなずける。







夭折し、後に膨れ上がっていく彼のオフィシャルなイメージとはまだ無縁の中で彼の音楽と出会えて良かったと思います。








デビューアルバムの一曲目の「街の風景」の前奏が始まった瞬間に僕の中で確実に何かが変わったのです。





それは「荒削りな完成品」。










編曲の西本明さんのアレンジも絶妙でそれはまさに「ガラス作りの歌」の歌だった。






世代が近い者が感じる独特の空気感があった。






そして、懐かしさも感じた。





70年代には活発だった日本のフォークシーンが次第に勢いを失い、ニューミュージックと呼ばれていた時代に、そのフォークのDNAを受け継いだ若きアーティストが誕生していた。


「尾崎豊」というジャンルが既に出来上がっていた。



「エルビス」「ディラン」「ヴァン・モリスン」・・・・・。


こういう表現を日本人アーティストに使うのは自分としては珍しい。










「回帰線」の話に戻ります。





「十七歳の地図」よりも確実に成長した尾崎さんがいる。




「声」がまったく違う。




そして、歌唱法、詩ともに表現が深くなっているのが分かる。








余談だけど、尾崎さんが一時期、日本を離れた時に「どうしてニューヨークに行ってしまったのだろう。(彼は)日本が嫌いなのかな」というようなコメントを自身のコンサートパンフレットで語っていたアーティストがいました。
彼の安否を気遣っていた。


以前、このブログでも取り上げた長渕剛さんである。
方向性・スタイルは違えど、何か共感・共有した感覚があったのだろう。





ビデオは85年の「Bow!」

尾崎さんのブルースハーモニカと個性的なアレンジのロックナンバー。


ラブソングも素敵だけど、彼の本質は「反抗」の中にこそあると思う。

最近はドン・キホーテのような若者さえ少ないですね。






そして、言いたい。


尾崎さん、ありがとう!と



2015.11/13 加筆訂正
ラジオで尾崎さんの50回目のバースデイスペシャルとしようと思いました。
限られた音源でファンにとっては何度も聞き親しんだ楽曲ではあるけど。

私は病気で苦しい時代の時は彼の音楽は全く聞かなかった。
でも今また再び聞く機会が増えた。

時代が流れた。彼が生きた倍近くの年月を僕も生きた。
有り難いと思う。

中学を出たばかりの多感な少年にとって、尾崎さんは憧れの存在であり、その歌に親しみを感じたのです。
その頃、彼は10代最後の歳を迎え自らの「イノセント」を燃焼し尽くそうとしているように見えた。

B.スプリングスティーンの「明日なき暴走」とJ.ブラウンの「孤独のランナー」を中学生の時に聞いた、あの感動が甦った。彼が日本人であったことが嬉しい。

その生涯は幸福ではなかったことはもう皆さんも知っていると思う。
今となってはプロデューサーの須藤晃さんをはじめ彼を支えてくれた人々にも感謝している。

私が現実としての「音楽の力」を素直に信じることができるのも彼の音楽に触れることが出来たからだと思います。



11/20(金)特集「尾崎豊 Happy Birthday スペシャル」


Good Music,Good Story,Good Life !!

Radio D FMドラマシティー 77.6MHz
「朝の情報番組モーニングサンドウィッチ」金曜版(9:00~11:00) 
DJ 大前光弘 http://mitsu-music.blogspot.jp/

9;00
オススメライブ情報 & 今日の特集プロローグ
9:30
自然料理家 白鳥曜子うのメモいらずかんたんナチュラルクッキング
9:50
PIANOSCAPES ピアニスト辻 千絵の音楽風景

10:00
特集「尾崎豊 Happy Birthday スペシャル」




2010年11月11日木曜日

Art としてのアニソン

また音楽をやりたいと活動再開してから地味ながら人前で演奏する機会を増やしている。



健康上の理由からストリートでの弾き語りスタイルからマイキングを駆使したソロ歌唱スタイルに変わりつつある。


マイクの使い方も慣れてきた。


こんな自分でも声をかけてくれる方や僕の歌を聞きたいと言ってくれる方々がいて本当にありがたい。






最近、どんな歌を歌っているの?と聞かれると「アニソンです」と答えている。

皆、最初は冗談だと思うようだ。



僕の音楽の原点はアニソンなのだった。




ビートルズは聞いていて嬉しくなる音楽で自分で演奏したいとはあまり思わないのだ。


洋楽ではむしろジャクソン・ブラウンやブルース・スプリングスティーン、ヴァン・モリソンの歌を今後取り上げたいと思う。


尾崎豊さんや長渕剛さん、佐野元春さんなどの日本のメッセージシンガーの歌にも魅力を感じる。











でも今、歌いたいのはスピリチュアル(ゴスペル)かトラッドかアニソン。








僕はずっと以前から日本の誇るべき文化として漫画・アニメと特撮ものなど今日ではサブカルチャーと呼ばれているものに注目してきた。



自分もそのクリエイターになるのが夢だった。





どうしてかというと子供に夢を与えることができる仕事だからだ。



外国人が馬鹿にする「オタク文化」ではなく日本独自に発展し花開いた本物の作品が確かに存在する。
SFから人間ドラマ、歴史物、教養まで多岐に渡る漫画文化は実は日本にしかないと思う。







そういう意味で日本に手塚治虫先生のような方がいたことは幸運だったと思う。



誰もがかつては子供だった。
影響を受けた作品が必ずある。




だから童話作家、絵本作家はもっと評価されてもいい。
意義深い仕事をしている。

外国にもミヒャエル・エンデのような素晴らしい作家がいた。



子供が夢を語らない時代。
なりたい職業No.1が「公務員」になってしまったこの時代。








子供から大人まで楽しめる音楽として「アニソン」を歌う意義がそこにある。





ま、自分が楽しんでるだけと言われればそれまでなんだけどね。

2010年11月2日火曜日

HOLD YOUR LAST CHANCE  確信的メッセージシンガー 




何度か書いているけど

ビートルズの音楽との邂逅から一気に音楽にのめり込んでいった頃の話、



1980年代前半、
あの時代の日本の音楽シーンを思い返してみると
70年代のフォークムーブメントからすでにかなりの時間が経っていました。
メッセージ性をもったシンガーよりもアイドル歌手やシティポップス系アーティストの活躍が目立っていた頃。ニューミュージックなんて言葉もまだ健在でした。





フォーク、ロックが死んでしまったわけではない。
すでにパンクや後にムーブメント化していくハードロックもありました。



ただ一時期に比べて一般のメディアにあまり出ていなかったのだと思う。
少なくとも自分の環境ではそうだった。




80年代後半におけるバンドブームもまだ先の時代。














それは「家族ゲーム」というドラマでした。




以前に「順子」のヒットでベストテンに出ていた長渕剛さんが家庭教師の役で俳優としてキャスティングされていたのです。





そのどこか「隣のあんちゃん」のような親しみのあるキャラクターと
社会性も含むドラマに10代前半だった私は夢中になりました。






そして、ドラマの主題歌「GOOD-BYE青春」をテレビで歌っている彼を見てこのアーティストの曲をもっと聞いてみたいと思ったのです。



B面の「-100°の冷たい街」もドラマで効果的に使われていましたね。




そして、このドラマのヒットにより長渕さんは「順子」の長渕から脱却。

けど、長渕さんの葛藤はまだ続いていく。





翌年に行われた 「HOLD YOUR LAST CHANCE TOUR」

 で初めて長渕さんの生演奏に触れてからは機会が許す限りコンサート会場に足を運ようになりました。




今のスタイルに繋がるこの頃の過度期の長渕さんの歌が好きです。
このあとアルバム「HUNGRY」でよりエッジの効いた表現になっていくのだけど、
健康上の理由でツアー中にダウン。

詩、曲、アレンジともに日本人としては独特・特異な存在だったけど、
後に「とんぼ」で不動の人気になっていくのは皆さんもご存知ですね。






近年でも歌われるこの名曲、何度聞いたか分からない。



長渕さんも何度歌ったのだろうか。


常に闘病生活だった自分はこの「歌」に何度も励まされました。







今日も誰かの心に響いて心の支えとなっているのだろう。




こんな曲を自分も作りたいと思っています。


そして、いつか直接に「有り難うございます」と長渕さん本人に伝えたい。









2010年10月16日土曜日

アーサー・ホーランド 札幌

音楽ネタではありませんが先日、お伝えしていた「不良牧師」アーサー・ホーランド氏の来札ですが明日(既に今日か)でイベントをされることが分かりました。




出版記念イベント  時間: 16時 30分 ~  場所:札幌市

◆開場:16:00 開演:16:30
チケット:前売り 3000円
     当日  3500円
 (Welcomeドリンク、オードブル、バイブル付)
場所:Atrium Loungeシンフォニー
   (札幌市中央区南9条西2丁目2-10アートホテルズ 札幌1F)
MC:坪川仁晃己
ゲスト:山口孝司
    中田雅史
ゲストは北海道をベースに活躍するの二人のシンガーソングライター。



会場で会いましょう。

2010年10月9日土曜日

かとうかなこ ボタンアコーディオン・ソロ






皆さんはアコーディオンというとどんな印象がありますか?



どこかレトロな昭和なイメージ?
小学校でベースレスの鍵盤アコーディオンを弾いてましたという人は多いだろう。


カラオケが主流になる前はのど自慢など歌の伴奏としては必需品の一つだった。
独特の暖かみがある音色。




最近は1991年メジャーデビューした coba さんの活躍でアコーディオンの音色が意識せずとも結構耳に入っていると思う。
実際に僕もcoba さんのアルバムを聞いてこの楽器のもつ可能性を知った。




それでもヨーロッパではポピュラーな楽器だけど日本では中々プロの生演奏を聞く機会に恵まれない。
ローランドから電子アコーディオンのVアコーディオンが登場したり最近はまたファンが増えていると聞く。






今回、ご紹介するかとうかなこさんはアコーディオン、しかも鍵盤ではなく日本では珍しい両手ボタン式のクロマティックアコーディオンを奏でる演奏家。

本場、フランスまで修学し賞を取りまくってきただけの実力の持ち主。











『豆本絵本「おばけのうた」発売記念 かとうかなこ ボタンアコーディオン・ソロ 』

という変わったタイトルの演奏会だった。











「おばけのうた」はかなこさんのアルバムに収録されている童話のようなストーリーがある曲で会場となった「キコキコ商店」のマスターの末木さんが制作・出版されている豆本(なんてかわいいんだろう)の絵本の発表を兼ねたLIVEだった。





今回、僕は2回目で2年目振りのかなこさんの演奏会。



前回もそうだったけどアコーディオンのソロコンサート。
アンサンブル楽器もなし。






だけどこれがもの凄いいい。
愛機の一つであるピエコでじっくり聞けました。






まだ聞きたかったですね。






ミュゼットの生演奏など日本では聞ける機会があまりない。





オリジナル曲がまた独創的だ。 「楽器あそび」の2010バージョン、演奏後に末木さんともお話しましたが安っぽい形容かもしれないがプログレかと思いました。








関西弁のトークも良かったですね。
次回は是非「おばあちゃん」(1920年代に制作された貴重なアコーディオン)の音色を聞かせてください。






また次回も楽しみです。